第1回では、信用できる人は、完璧な人ではないのではないか、ということを書きました。
第2回では、人も、言葉も、自分自身も、自分に任されているものも、大切に扱うということについて書きました。
Catalystについて考えていると、私は、この二つの話がひとつにつながっているように感じます。
人は誰でも、自分のことを受け入れてほしいと思います。
話を聞いてほしい。分かってほしい。応援してほしい。ときには、少しくらいわがままも聞いてほしい。
そう思うことは、自然なことです。
私にもあります。
ただ、Catalystは、自分が何かをしてもらうことだけを求める場所ではないと思っています。
「私の話を聞いてほしい」だけではなく、
私は、目の前の人をどう大切に扱うのか。
その視点も持っていたいと思っています。
信用できる人を探す場所ではない
だから私は、Catalystを「信用できる人を探す場所」だとは思っていません。
むしろ、一人ひとりが、信用を大切にする人として参加する場所。
その方が近いと思います。
もちろん、完璧な人だけが集まるわけではありません。
私も含めて、間違えることはあります。気づかないこともあります。うまくできない日も普通にあります。
それでも、相手を大切にしようとする。
自分も大切にしようとする。
その人がこれから向かおうとしている未来も、できるだけ大切にしようとする。
うまくできなかったなら、もう一度向き合う。
そういう人たちがいる場所なら、少しずつ信用が育っていくのではないかと思っています。
人は、本当はいろいろな「やりたい」を持っている
信用できる関係の中にいると、普段はあまり話さないことが、ふと出てくることがあります。
「実は、こんなことをやってみたいんですよね」
そんな言葉です。
私は、やりたいことが本当に何もない人は、それほど多くないと思っています。
本当はいろいろある。
こんな仕事をしてみたい。こんな場所に行ってみたい。こんな人と何かをやってみたい。昔から少し気になっていることがある。誰かの役に立つことをやってみたい。
でも、そういうことを普段から話している人は、それほど多くありません。
笑われるかもしれない。否定されるかもしれない。現実的ではないと言われるかもしれない。
まだ何も決まっていないのに、話すのは少し恥ずかしい。
そう思って、だんだん口にしなくなる。
そして、「やりたいことなんてない」と言い続けているうちに、自分でも本当に何もないような気がしてくることがあります。
信用できる関係があると、言葉になる
でも、信用できる関係の中では、まだ形になっていないことも話せることがあります。
まだ計画になっていなくてもいい。
ビジネスになるかどうかも分からない。
自分でも、本当にやりたいのか分からない。
それでも、少し話してみる。
誰かが笑わずに聞く。
「それ、面白いですね」と言う。
「もう少し聞かせてください」と言う。
話しているうちに、自分でも気づいていなかったものが見えてくることがあります。
別の人の話を聞いて、自分の中にあったものを思い出すこともあります。
「それなら、この人に一度会ってみたら」と、人との縁がつながることもあります。
一人では動かなかったことが、人との関わりの中で少しずつ動き始める。
私は、そういうことが人と人との間にはあると思っています。
立派な志から始めなくてもいい
だから、Catalystでは、最初から立派な志を掲げなくてもいいと思っています。
何か大きなことを成し遂げるためだけに、集まらなくてもいい。
食事をする。話をする。遊ぶ。旅に出る。相談する。誰かを紹介する。
困っている人がいたら、自分にできることを少しやってみる。
そういう日常的な関わりの中で、何かが始まることがあります。
誰かの「やってみたい」を、別の誰かが少し手伝うことがある。
自分が持っている経験が、思いがけず誰かの役に立つこともある。
助けてもらった人が、また別の誰かを支えることもある。
そうやって、人と人との間を価値が巡っていく。
私は、そういう関係を大切にしたいと思っています。
気軽に関わる。でも、お互いを雑には扱わない
信用できる人は、完璧な人ではないのだと思います。
でも、信用を大切にすることはできます。
誰かに信用できる人であることを求めるだけではなく、
自分自身が、信用を大切にする人としてそこにいることもできます。
気軽に関わる。
でも、お互いを雑には扱わない。
そんな関係の中で、
まだ言葉になっていなかった誰かの「やってみたい」が、少しずつ言葉になっていく。
その言葉を、誰かが大切に受け取る。
ときには、一緒に考える。
ときには、人を紹介する。
ときには、ただ話を聞く。
そして、そこからまた何かが始まっていく。
Catalystは、そんな関係が少しずつ育っていく場所でありたいと思っています。
