前回は、信用できる人は、完璧な人ではないのではないか、ということを書きました。

人は間違えます。意見が違うこともあります。いつでも理想的に振る舞えるわけではありません。

それでも、人を大切に扱うことはできる。

では、人を大切に扱うとは、具体的にはどういうことなのでしょうか。

私は、人と人との関係は、いつも深くなくてもいいと思っています。

毎回、人生について語り合わなくてもいい。一緒に食事をする。くだらない話をする。旅に行く。たまに連絡をする。しばらく会わない時期があってもいい。

私は、そういう気軽な関係が好きです。

ただ、ひとつ大切にしたいことがあります。

気軽に関わることと、雑に扱うことは違う。

相手には、相手の人生がある

人には、その人の人生があります。

これまで大切にしてきたものがあり、これからやりたいことがあり、その人なりの未来があります。

だから、自分が相手に何をしてほしいかだけではなく、その人が何を大切にしているのかも考えたいと思っています。

自分には小さく見えることでも、その人にとってはとても大切なことかもしれません。

まだ形になっていない考えでも、その人のこれからにつながるものかもしれません。

相手の今だけではなく、その人のこれからも大切にする。

そういう関わり方ができたらいいと思っています。

自分のことも、雑に扱わない

そして、それは自分に対しても同じです。

人を大切にするために、自分を雑に扱う必要はありません。

自分の時間を大切にする。自分の仕事を大切にする。自分の将来を大切にする。

そして、自分が任されているものも大切にする。

会社を任されているなら、会社を。仕事を任されているなら、その仕事を。管理を任されているものや領域についても、できるだけ大切に扱う。

友人や、これまで出会ってきた人たちのことも大切にしたいと思っています。

困っている人がいれば、自分にできることがあるかを考えることもあります。

もちろん、すべての人に何かをしなければいけない、ということではありません。できないこともありますし、距離を取った方がいいこともあります。

それでも、自分の周りにあるものを、必要以上に雑に扱わない。

私は、そういう姿勢を持っていたいと思っています。

言葉にも、扱い方が表れる

言葉も同じです。

同じことを伝えるにしても、どんな言葉を選ぶかで、相手への伝わり方は変わります。

何を言うかだけではなく、どう言うか。

そこにも、その人をどう扱っているかが出るのだと思います。

悪気がなければ何を言ってもいい、ということではありません。一方で、難しいことや厳しいことを伝えてはいけない、ということでもありません。

伝えるべきことは伝える。

ただ、必要もなく相手を傷つけたり、小さくしたりする言い方を選ばない。

言葉を選ぶことも、相手を大切に扱うことの一つなのだと思います。

気軽でいい。でも、雑ではない

こういうことを書くと、少し重たく感じるかもしれません。

でも、私はいつも慎重に構えて、人と付き合いたいわけではありません。

もっと気軽でいいと思っています。

一緒に笑う。食事をする。遊ぶ。旅に出る。何の意味もないような話をする。

そういう時間も、とても大切です。

ただ、気軽だからといって雑にはしない。

人も。言葉も。自分自身も。自分に任されているものも。

大切に扱う。

すべてを完璧にできる人はいません。私にもできないことはあります。

それでも、
大切に扱おうとすることはできる。

人も。

言葉も。

自分自身も。

自分に任されているものも。

気軽でいい。
でも、雑ではない。

私は、そんな関係が好きです。