「問いが変わると、見える世界が変わる」シリーズ[3/3]
前回は、問いによってレセプターが開き、同じ情報に触れていても、受け取るものが変わるという話を書きました。では、その問いは、なぜコーチングの場で大切にされるのでしょうか。私は、その理由の一つに「自分では、自分のことをすべて見ることができない」ということがあると思っています。
どれほど経験を積んだビジネスパーソンであっても、自分の思考の癖や判断の前提、いつの間にか狭くなっている視野を、自分一人ですべて把握することは簡単ではありません。自分の後頭部を直接見ることができないのと少し似ています。
だからこそ、誰かとの対話が役に立つことがあります。そこにコーチングの意味の一つがあるのだと思っています。
自分では、自分の死角が見えにくい
私たちは、日々さまざまな判断をしています。家庭のことだけではなく、仕事上の売上、組織、人材、顧客、投資、新しい事業。考えることは多く、その一つひとつに時間をかけられるわけでもありません。
経験を積めば、判断は速くなります。過去の経験から「これはこうだろう」と見立てられることも増えていきます。それは仕事をする上で大切な力です。
一方で、経験があるからこそ、無意識のうちに選択肢を絞っていることもあります。「これは現実的ではない」「うちには向いていない」「今はそのタイミングではない」。そう考えること自体が問題なのではありません。ただ、その判断の前提になっているものは、自分では意外と見えにくいものです。
自分のことを一番よく知っているのは自分かもしれません。しかし、自分のことを一番近くから見ているのも自分です。近すぎるから見えないものがある、ということなのだと思います。
Googleの経営陣にも、コーチがいた
シリコンバレーで「コーチ」と呼ばれた人物に、ビル・キャンベルがいます。
キャンベルは、Google、Apple、Intuitなどの企業や経営者たちと関わり、Googleではエリック・シュミット、ラリー・ペイジらとも長く関係を築いていました。Googleの経営陣だったエリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグルは、ビル・キャンベルについてまとめた『1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』を出版しています。同書では、キャンベルがGoogleのリーダーたちとの信頼関係を築き、成長を支え、組織の中に生まれる緊張や課題にも関わっていたことが紹介されています。
ここで私が興味深いと思うのは、Googleのように優秀な人材が集まり、経営経験も知識もある組織にも、外から対話する存在がいたということです。能力が足りないからコーチが必要になる、ということではない。むしろ、自分で考え、自分で判断できる人ほど、自分では見えない部分を確かめるための相手を持つことに意味があるのかもしれません。
キャンベル自身がGoogleのすべての答えを持っていたわけではありません。彼について残されている記録から見えてくるのは、信頼関係をつくり、人の成長を支え、チームやリーダーが抱えている課題に向き合う存在だったということです。
コーチは、「鏡」に近いのかもしれない
私は、コーチの役割を考える時に「鏡」という言葉を思い浮かべることがあります。プレイヤーとしてフィールドに立っている時には、目の前のボールや相手、自分が次にすることに意識が向きます。その場所からしか見えないものがありますし、その集中が必要です。
一方で、少し離れた場所から見ると、プレイヤー本人には見えなかったものが見えることがあります。自分の立ち位置、周囲との距離、空いている場所、繰り返している動き。本人がプレーに集中しているからこそ、見えにくくなっているものです。経営でも似たことがあると思います。経営者は常に「プレイヤー」として会社の中にいます。毎日判断し、人と話し、問題に対応しています。その中では、自分自身がどんな前提で考えているのかまで、同時に見るのは難しいことがあります。
コーチは、その人に代わって答えを出す人ではありません。むしろ、対話を通して、その人自身が今どこに立っていて、何を見ていて、何を見ていないのかを映す。そんな鏡に近い役割もあるのではないかと思っています。
問いは、死角に光を当てる
そこで使われるのが「問い」です。たとえば、ある選択について長く迷っている人に、「なぜ決められないのですか」と聞くだけでは、その理由を説明することに意識が向くかもしれません。一方で、「今、この選択をするとしたら、何を失うことが一番気になっていますか」「この話をしている時、何を大事にしようとしていますか」「もし今までの前提を一つ外すとしたら、何が変わりそうですか」と問いが変わると、それまで考えていなかったところに意識が向ていきます。
問いが答えを生み出す、というよりも、問いによって今まで見えていなかったものが見えることがある。第1回で書いた「メガネ」や、第2回の「レセプター」と同じ話でもあります。ただ、コーチングでは、それを一人ではなく、対話の中で行います。自分では気づいていなかった前提。何度も繰り返している言葉。話題が変わる時の反応。少し言葉に詰まった瞬間。そうしたものも含めて、一緒に見ていくことができます。
良い問いは、相手を追い込まない
問いという言葉を聞くと、「鋭い質問をしなければいけない」と考えることがあります。でも、私は良い問いが必ずしも鋭い問いだとは思っていません。答えを迫る問いや、相手をある方向へ導く問いは、時に考える余地を狭くしてしまいます。コーチが「こうした方がいい」と思っている方向に、質問で誘導してしまえば、それは相手自身が考えているというより、コーチの考えを確認しているだけになることもあります。
大切なのは、問いによって相手の中に少し余白が生まれることではないかと思います。「ああ、そこは考えたことがなかった」「そう聞かれると、少し違って見える」「今、自分は何を前提にしていたんだろう」そんなふうに、自分の考えを自分でもう一度見直せる問い。その問いには、すぐに答えが出なくてもいいと思っています。
問いが残ると、対話のあとも考え続けられる
コーチングの時間の中で、すべてに答えが出るとは限りません。むしろ、終わったあとも残る問いがあります。その問いを持ったまま会社に戻り、人と話した時に、今までとは違うことが気になる。翌日の会議で、いつもなら流していた一言が引っかかる。数日後に、「あの時聞かれたことは、こういうことだったのかもしれない」と思う。そういうことがあります。
コーチングの価値は、セッションの40分や60分だけで完結するものではないのだと思います。対話の中で生まれた問いが、その人の日常に残り、その後の判断や観察につながっていく。だから私は、答えを持ち帰るだけではなく、問いを持ち帰れることも大切にしたいと思っています。
経営者には、答えを出さなくていい時間があってもいい
経営者は、普段「答える側」にいることが多いと思います。社員から聞かれる。顧客から聞かれる。取引先から判断を求められる。何かが起これば、最終的には自分が決めなければならないことが多いものです。その立場に長くいると、「分からない」と言う時間や、まだ答えの出ていないことをそのまま考える時間は、意外と少なくなります。
コーチングの時間には、すぐに答えを出さなくてもいい問いがあります。まだ言葉になっていないことを話してもいい。話しながら考えが変わってもいい。一度出した答えを、もう一度考え直してもいい。それは、判断から逃げる時間ではありません。むしろ、自分が何を見て、どんな前提で考え、何を大切にして判断しようとしているのかを確かめる時間なのだと思います。
問いを持ち帰れるコーチング
第1回では、問いを「世界を見るためのメガネ」と捉えました。第2回では、その問いによってレセプターが開き、同じ現実から受け取るものが変わることについて書きました。そして今回考えてきたのは、その問いを一人だけでつくる必要はない、ということです。誰かと対話することで、自分では見えなかったものが見えることがあります。自分では問わなかったことを問われることで、考えの前提に気づくこともあります。
ベルーフのコーチングでも、相手に答えを与えること以上に、その人自身が何を考え、どのように判断していくのかを大切にしています。そのために、対話を通して一緒に見ていくことがあります。コーチングの時間が終わった時に、答えだけではなく、その人の中に一つの問いが残っている。その問いが日常に戻ったあとも、その人自身の思考を動かしていく。そんなコーチングでありたいと思っています。
最後に、一つ問いを置きたいと思います。
今、自分では見えにくくなっているものがあるとしたら、それは何でしょうか。
