コーチングという言葉は、近年さまざまな場面で使われるようになりました。

経営者には、多くの場合、すでに相談相手がいます。

税理士。
社労士。
弁護士。
金融機関の担当者。
商工会や商工会議所の方。
同業の経営者仲間。
ライオンズクラブやロータリークラブなどで出会う、信頼できる人たち。

それぞれに専門性があり、経験があり、経営者にとって大切な存在です。

実際、経営は一人では成り立ちません。
会計のことは税理士に相談する。
労務のことは社労士に相談する。
法務のことは弁護士に相談する。
資金のことは金融機関と話す。
地域のことは商工会や経営者仲間から学ぶ。

そうした支えがあることで、経営は前に進んでいきます。

しかし、経営者が必要としている相談は、専門的な助言だけではありません。

専門家に聞けることと、話しにくいこと

専門家には、専門家だからこそ聞けることがあります。

税務上どう考えるべきか。
雇用契約や就業規則をどう整えるべきか。
契約上のリスクはどこにあるのか。
資金繰りや借入について、どのように判断すべきか。

こうした問いには、明確な専門知識が必要です。

一方で、経営者の中には、専門家にそのまま持ち込みにくい問いもあります。

本当にこの事業を続けたいのか。
次の方向性は、今の延長線上でよいのか。
社員にどう向き合うべきなのか。
後継者や幹部に、どこまで任せるべきなのか。
自分自身が、何に疲れているのか。
本当は何を手放したいのか。
これから何を大切にして経営していきたいのか。

こうした問いは、税務でも労務でも法務でもありません。

経営判断であり、人生の問いでもあり、その人自身の価値観や使命に関わる問いです。

そのため、専門家に聞くには少し違う。
経営者仲間に話すには、少し生々しすぎる。
社員や家族には、そのまま言いにくい。

そういうテーマが、経営者の内側には積み重なっていくことがあります。

経営者は、本当に信頼できる対話相手を探している

多くの経営者は、本当は相談相手を求めているのだと思います。

ただし、誰でもよいわけではありません。

安心して話せること。
話した内容が外に出ないこと。
立場を分かってもらえること。
簡単に評価されないこと。
一方的に助言されるのではなく、自分の考えを深められること。
きれいごとではなく、現実の判断につながること。

そうした条件がそろって初めて、経営者は本音に近い言葉を出せるのではないでしょうか。

経営者仲間との会話には、大きな価値があります。
同じ立場だからこそ分かり合えることもあります。
経験者の言葉に救われることもあります。

ただ、経営者同士の関係には、利害や比較、立場の違いが入り込むこともあります。

何でも話せるようで、実は話せないことがある。
弱音を見せにくい。
迷いをそのまま出しにくい。
本当の悩みほど、軽く扱えない。

そういうこともあるのではないでしょうか。

だからこそ、経営者には、専門家や仲間とは別の対話相手が必要になることがあります。

対人支援の体系的な教育と実践トレーニング

ここで、ビジネスコーチの存在が意味を持ちます。

ビジネスコーチは、単に話を聞く人ではありません。
また、一般的な人生相談の相手でもありません。

対話を通じて、相手の思考や感情、価値観、行動を扱うための体系的な教育と実践トレーニングを受けている存在です。

守秘義務を前提にすること。
相手の言葉を評価せずに受け取ること。
問いを通じて思考を深めること。
過去・現在・未来という時間軸で整理すること。
目標を言葉にすることを助けること。
計画や戦略を、同じ目線で見ていくこと。
行動を振り返る場をつくること。
達成や変化を共に確認し、承認すること。
そして、クライアント自身が次の課題を見出していくプロセスを支えること。

こうした関わりには、技術と訓練が必要です。

もちろん、すべてのコーチが同じ品質であるとは限りません。
だからこそ、どのような教育を受け、どのような実践を重ねてきた人なのかは大切です。

ただ、対人支援を体系的に学び、実践してきたコーチがいることで、経営者は安心して自分の内側を整理できるようになります。

それは、専門家の役割を否定するものではありません。

むしろ、専門家の助言をよりよく受け取り、経営判断に生かすためにも、経営者自身の考えや価値観を整理する時間が必要なのだと思います。

海外でも、リーダーにコーチがつくことは珍しくない

海外では、経営者やリーダーがコーチを持つことは、特別なことではなくなりつつあります。

たとえば、ペンシルベニア大学ウォートン校では、MBA学生の自己認識とリーダーシップスキルを高めるために、Executive Coaching and Feedback Programが提供されています。

また、シカゴ大学ブース・スクール・オブ・ビジネスのExecutive MBAでも、エグゼクティブコーチングやリーダーシップ開発の機会が用意されています。

書籍の世界でも、Google、Apple、Intuitなどの企業に関わったビル・キャンベルのコーチングを扱った『Trillion Dollar Coach』は、シリコンバレーにおけるコーチの存在感を伝える代表的な一冊です。

もちろん、海外事例をそのまま日本に当てはめればよい、という話ではありません。

ただ、リーダーが自分一人で抱え込まず、信頼できる対話相手と共に思考を整理し、判断の質を高めていくことは、これからの日本の経営者にとっても重要になっていくのではないでしょうか。

目標や計画を、同じ目線で見ていく

コーチングでは、目標を決めて終わりではありません。

クライアントが目標を言葉にしていく過程を支える。
計画や戦略を、同じ目線で見ていく。
次の一歩を明確にする。
実行したことを振り返る。
達成や変化を共に確認し、承認する。
うまくいかなかったことから学ぶ。
そして、クライアント自身が次の課題を見出していく。

この繰り返しによって、対話は現実の行動につながっていきます。

経営者にとって大切なのは、考えることだけではありません。
考えたことを、経営の現場でどう実行するかです。

誰に話すのか。
何を変えるのか。
どの順番で進めるのか。
何をやめるのか。
どこで確認するのか。

そうした具体的な行動に落とし込まれて初めて、対話は経営に影響を与えます。

コーチングは、気づきで終わるものではありません。
気づきを行動につなげ、その行動を振り返り、次の判断へとつなげていく時間です。

最後に

経営者が抱えている問いの中には、すぐに正解を出せないものがあります。

自分はどこへ向かいたいのか。
何を大切にして経営したいのか。
本当に果たしたい役割は何か。
いまの判断は、自分の価値観とつながっているのか。
次の一歩を、どう現実に移していくのか。

こうした問いは、誰かに代わりに決めてもらうものではありません。

しかし、一人で抱え続けるには、重くなりすぎることがあります。

守秘義務のある安全な関係の中で、対話を通じて自分の考えを整理していく。
計画や戦略を同じ目線で見直し、行動と振り返りを重ねていく。
その中で、経営者自身が次の課題や選択を見出していく。

そこに、ビジネスコーチの役割があります。

コーチングは、専門家の助言に代わるものではありません。
専門家の助言を生かしながら、経営者自身が自分の判断を整え、行動へつなげていくための対話です。

次回は、コーチングで実際に扱う「時間軸」と「資源」について、もう少し具体的に書いていきます。